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東京高等裁判所 昭和43年(う)673号 判決 1968年7月15日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

<前略>

一控訴趣意第一点について。

論旨は、要するに、憲法第二一条が規定する言論等の表現の自由は、公職選挙法の場合は、選挙の自由公正に重大な侵害を及ぼす明白、かつ、現在の危険があつて、これを制限するほか害悪の発生を防止し得ない場合に限り、最少限度必要な範囲内において制限し得るに止るのである。しかるに、公職選挙法第一二九条は、抽象的一般的に選挙に関する事前の表現を禁止し、右の明白、かつ、現在の危険の要件を考慮しないで表現の自由に重大な制限を加えたものであり、また、同法第一四二条は限定された文書図画のほか一切の文書図画の頒布を禁じているが、それは合理的な根拠を欠き、右の明白、かつ、現在の危険ということに関連のないものまですべて禁ずるものであつて、表現の自由に対する重大な侵害である。それ故、同法第一二九条、第一四二条は、言論等の表現の自由を保障する憲法第二一条に違反し、従つて、これを合憲とした原判決は右憲法第二一条に違反するから、破棄を免れないというのである。

よつて、案ずるに、民主主義政治の下においては、殊に公職選挙に際しては、言論等の表現の自由は最大限に尊重せられるべきものであることは所論のとおりであり、憲法第二一条は言論等の表現の自由を保障する旨規定しているのであるが、同法第一三条も宣明しているとおり、右の自由と雖も公共の福祉のための制約が存することは多言を要しないところであり、従つて、同法第二一条も表現の自由を絶対無制限に保障しているのではなく、それには、公共の福祉のための、その時、所、方法等につき必要、かつ、合理的な制限が存するのである。ところで、公職選挙法第一四二条は、選挙運動のために頒布する文書図画を一定枚数の通常葉書に限定し、その余の文書図画の頒布を禁じているのであるが、その立法の目的は、文書図画の無制限な頒布を許すときは必然的に選挙運動に不当な競争を招き、そのため却つて選挙の自由公正を害し、それが公明適正に行われるのを保障し難いこととなるので、かかる弊害を防止するため必要、かつ、合理的と認められる範囲で文書図画の頒布に方法的規制を加えようということであり、そうであるとすれば、同条に定める前記の程度の規制は、公職選挙法の目的である選挙が公明適正に行われることを確保するという公共の福祉のために必要、かつ合理的な制限というべきであつて、憲法上許されて然るべき範囲の措置であると解せられるから、同条を目して憲法第二一条に違反するとはいえない(最高裁判所昭和三〇年四月六日大法廷判決、刑集第九巻第四号八一九頁、同昭和三九年一一月一八日大法廷判決、刑集第一八巻第九号五六一頁参照)。更に、右の理は公職選挙法第一二九条についても同様であつて、同条は選挙運動の期間を立候補のあつた日から当該選挙の期日の前日までに制限しているのであるが、その立法の目的は、選挙運動に時期的制約を加えて、主として選挙運動費が徒らに嵩むことを防止しようとする点にあつて、これまた同条に定める程度の規制は公職選挙が公正に行われることを確保するという公共の福祉のために必要、かつ、合理的な制限であつて、憲法上許された範囲の措置であると解せられるから、同条をもつて憲法第二一条に違反するとはいえない。それ故、所論の違憲の主張は到底採用し得ない。なお、所論のうちに原判決には弁護人の公職選挙法第一四二条の違憲性の主張に対する判断の遺脱があつて、刑事訴訟法第三三五条第二項に違反する訴訟手続の法令違反があるという点があるが、右のような違憲の主張は同条項にいわゆる判決において判断を示すべき事項に当らないのみならず、原判決は、弁護人の公職選挙法第一二九条、第一四二条は憲法第二一条に違反し無効であるとの主張に対し、公職選挙法第一二九条は憲法第二一条に違反しない旨説示し、公職選挙法第一四二条は憲法第二一条に違反しない旨の最高裁判所昭和三九年一一月一八日大法廷判決を引用して、右の主張を排斥しているのであるから、その表現にいささか明確を欠く点がないとはいえないとしても、右は公職選挙法第一四二条もまた憲法第二一条に違反しない旨説示したものと解せられ、しかも、原判決は公職選挙法第一四二条を適用し被告人を処断していて、右の違憲の主張を排斥したことが明らかであるから、原判決には所論のような違法の点はない。してみると、原判決が公職選挙法第一二九条、第一四二条は憲法第二一条に違反しないとしてこれを適用し被告人を処断したのは正当であつて、所論のような違憲の非難は当らない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)(松本勝夫 石渡吉夫 藤野英一)

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